“需要あるの?”が口癖の人がハマる思考のワナから自由になる思考法

新しいアイデアを話したとき、開口一番に「それって需要あるの?」って聞かれたこと、ありませんか?

あるいは、あなた自身が誰かにそう聞いたことがあるかもしれません。

一見すると合理的な問いですが、実はこれ、思考や行動を縛ってしまうワナでもあるんです。

僕自身もこの「U-Expace」を作成するにあたりコストもかかるわけで「これって需要あんのかな?」なんて立ち止まったこともありました。

今回は、そんな「需要出発点思考」の心理とその危険性について触れていきます。

「需要あるの?」とすぐに聞く人の心理とは?

安全確認をしたい(防衛本能)

「需要がある=やっても損しない」と思っている人にとって、この問いは失敗を避けるための安全確認です。未知に飛び込むのことに恐怖や抵抗があるので、先に地図が欲しいわけです。

たとえば、ある人が「木で作ったアナログなおもちゃを売ってみたい」と言ったとします。

すると、「え、それって今どき売れるの?」と聞く人が出てくる。これは、その人が「ニーズがあること=正解」と信じているからです。

でも、こういう人ほど、成功している人のあとを追いがちで、自分から新しいものを作るのは苦手だったりもします。

他人の評価を気にしている(外発的動機)

「これが欲しい」「これを作りたい」という自分の内側より、「みんなが欲しがってるならやる」という他人基準の行動をしがちなタイプです。

これは心理学で言う「外発的動機」に近いものがあります。自分の情熱や興味ではなく、評価・お金・承認などに動かされる状態ではないでしょうか。

自分で価値を判断できない(価値判断の外部委託)

この問いをよく口にする人は「これは良いか悪いか?」という判断を自分の外側(世間・市場)に丸投げしています。

要は、自分で価値を決めることが苦手で他人がOKって言えばOK、自分ではよく分からないといった一つの言い訳でもあります。

こういう思考では、自分の軸が育たなくなってしまいます。

「需要出発点思考」の危険なワナ

思考の出発点が「需要」だと、アイデアが芽を出す前に止まってしまうことが多いのは必然です。

危険1. 創造性が死ぬ

需要があるかどうかが判断基準になると、まだ世の中にないものには手が出せなくなります。

スティーブ・ジョブズの名言に学ぶ「未来の見え方」

Appleの共同創業者スティーブ・ジョブズの有名な言葉でこんな言葉があります。

“A lot of times, people don’t know what they want until you show it to them.”
(多くの場合、人々は、それを見せてもらうまで自分が何を欲しているのか分からない)

これはiPhoneやiPad、iTunesなど、まったく新しい体験を世界に提示したからこそ言えた言葉です。

たとえば、iPhoneが登場する前、スマートフォンといえばキーボード付きのBlackBerryのようなデバイスが主流でした。

誰も「ホームボタン一つだけで、すべてが操作できるガラス板が欲しい」とは言っていなかったのです。

それでもジョブズは、「人々が本当に求めているものはもっとシンプルで直感的な体験だ」と確信し、ニーズを“先回りして形にした”わけです。

例えば今売れているユーチューバーであっても最初は「みんなが見たがってる。需要がある」ではなく「やりたいから!」が先行したんではないでしょうか。

これは、需要は、見せられて初めて“生まれる”こともあるということです。

この視点がないと、誰かが作った“既にある需要”しか追いかけられなくなってしまいます。需要思考は「世の中にある枠の中で何が売れそうか」を探す癖がついています。

それ自体が悪いわけではありませんが、それがすべてになると、思考が止まります。たとえば「市場調査してから動こう」と言い続けて、結局何も動けない人の典型でもあります。

危険2. 自分の情熱を見失う

需要があるからといって、自分が面白くないものを作っていても、長続きしません。

たとえば「今はAI系が伸びてる」と聞いて、無理してAI系のプロダクトを作っても、心がついてこなければ疲弊して終わります。

短期的な流行や数字に合わせることで、むしろ本来の自分の「面白がれるセンス」が鈍ってしまうことも。

危険3. 市場に踊らされるだけの人生になる

「需要があるか」を基準にしていると、次々と変わるトレンドに振り回されます。

TikTokが来た!次はNFTだ!いややっぱChatGPTだ!

…みたいに。

自分で判断できないと、何かを作るたびに「今はこれがアツいらしい」と情報に流されるだけの人生になりがちです。

小まとめ

需要思考は、一見「マーケット志向」で理論的ではありますが、次のようなリスクがあります。

    • 創造性・革新性の低下

    • 自分の情熱が置き去りになる

    • 流行に振り回されやすくなる

    • 飽和市場では動けなくなる

小さな町のパン屋の話

ある地方の町に、一軒の小さなパン屋さんがありました。

スーパーやコンビニが増える中、周囲からは「今さらパン屋なんて需要あるの?」と何度も言われました。

でも、その店主は「自分が毎朝焼きたてのパンの香りに包まれて暮らしたい」という気持ちだけを頼りに、開業しました。

当初は客足も少なかったそうですが、毎日コツコツと焼き続け、味を磨き、地域の子どもたちの誕生日にはクッキーをプレゼントするなど、思いを込めて続けました。

3年後、そのパン屋は「この町で一番うれしい香りのする場所」として地元で人気を集め、テレビにも取り上げられたそうです。

需要は、あとからついてくる。

彼が見ていたのは「他人の需要」ではなく「自分が信じる喜び」でした。

本当に大事な問いは「それ、自分にとって意味ある?」

マーケットを見るなとは思っていません。マーケットは必要ではあります。でも、新しい挑戦やアイディアを形にしていく過程でのスタート地点は、「これは自分にとって意味があるか?」です。

✔ こんな問いを持とう

・これは自分にとって意味があるか?

・自分の内側から湧いた興味や問題意識か?

・仮に需要が”今”なくても、世の中に問いを投げかける価値はあるか?

・それを使った人はどんな気持ちになるか?

・その世界がどう変わるか?

・それを自分が作る意味って何かあるのか?

そういう問いを深めるほうが、結局はちゃんと価値あるものが作れます。

最後に「あなたの価値判断は誰のもの?」

「需要あるの?」は悪い問いではありません。

ただ、それをスタート地点にしてしまうと、あなた自身の創造性や情熱が置き去りになります。

何かを作るとき、始めるとき、まずは自分にこう問いかけてみてください。

「それ、自分にとって意味ある?」

そこから始まるもののほうが、きっと強くて、深くて、続いていくはずです。

創造の出発点は、“需要”ではなく“意味”です。

意味があるなら、行動していい。誰かが欲しがるかどうかは、あとから結果としてついてくることもあります。

“誰かの需要”じゃなく、“あなたの意味”から始めよう。

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